2011年5月14日

[exhibition]特別展写楽

震災のために、いろんな展覧会が会期変更や展示品変更などを余儀なくされていますが、この写楽の展覧会も、当初4月から5月の予定だったのが、大分遅れてGWからの公開になりました。ホームページにも「予定されていた作品が展示できない場合がある」と書かれていますが、私たちの見た中では1点だけ「震災による諸事情で展示できません」と書かれたものがありましたが、海外のものも含めて大部分が予定通り?出品されているようです。

謎の多い写楽の作品は存在が確認できるものが146図あるとされ、そのうち142図がこの展覧会で展示されています。また現在展示可能なもう1点は、「ボストン美術館所蔵浮世絵展」(千葉市美術館)で展示中。残りの3点は非公開の1点、もう2点は行方不明なので、一般的に見られる写楽は、今全て関東にあるということです。

よく知られているように、1794年5月に28図の大首絵で突然現れた写楽は、翌年正月を最後に浮世絵界から姿を消します。この展覧会では1794年にものすごくこだわり、他の画家との比較でも、同じ年のものを選択して展示しています。

浮世絵は本と同じで、同じ版木から何枚も摺れますし、また人気が出ると再版をしたりもしているので、同じ絵が沢山あります。版木違いと思われるもの、また保存状態の良し悪しによる色の違いなんかを比較するコーナーもあったりして、ああこの紫がこんな色になっちゃうんだと思いました。必ずしも国立博物館が持っている重要文化財のほうが良いとも言えないのが哀しいところです。

大首絵で出てきた写楽だけに、基本人物画です。特に歌舞伎関連が大部分を占めています。ひたすら役者の浮世絵を見ていたら、歌舞伎が見たくなりました。特に「恋女房染分手綱」が(いろんな意味で)面白そう。今も公演されることがあるみたいなので、予定が合うようなら行ってみたいです。



2011年5月7日

[movie]100,000年後の安全

原題: Into Eternity
監督: マイケル・マドセン
2009年/デンマーク、フィンランド、スウェーデン、イタリア/79分/カラー

世界中で出される放射性廃棄物の処理をめぐるドキュメンタリー。放射性廃棄物は有機物に対して無害化するまで約10万年かかると言われている。世界中にある250万トン以上もの放射性廃棄物は、現在一時的な廃棄所で保管されている。フィンランドでは、地下深くの安定した地層に永久廃棄するため、オンカロ・プロジェクトが始動しはじめた。投棄が終わったら埋め戻されるが、それを10万年後の人間にどのように伝えていくべきなのか。

もっと「廃棄物を出すな」という反原発の話かと思ったのですが、反原発の話ではありません。原子力発電を使う以上、必ず放射性廃棄物が出るが、フィンランドで考えられている最終処分場プロジェクトは、本当に現実的なのかというのがこの作品のテーマです。「放射性廃棄物の問題は、原子力発電に賛成だろうが反対だろうが、今現在生きている人が、後世の人間に対して責任のある問題である」というスタンスで物語は進みます。しかし、10万年という遠い未来へ向けて、本当に安全な処分場などできるのでしょうか。私も難しいと思います。政府の「安全基準」が、本当に安全かどうかがサンプルが少なすぎて分からず、二転三転しているのと同様、誰も10万年後の未来なぞ予測できず、だからこそどういう方策が有効なのか、多くの意見が出されているようです。もちろん、答えは10万年先に行ってみないとわからないわけで、きっと答えなどないのだと思います。中にはヘンに注意書きを作ると、掘り返そうとする人間が必ずいる。我々がピラミッドを「掘るな」と言われても掘り返してきたように、という意見もありました。

この映画を見ていて、「ここには絶対に立ち入るな」とか「◯◯が封じられている」とか言われている場所は、単なる迷信というだけでなく、大昔に放射性廃棄物に相当するようなものが埋められたり閉じ込められたりしたんじゃないかと思ったりもしました。今回の震災で、昔の街道までは津波が来なかったとか、これより下に家を建てるなと書かれた石碑の手前で津波が止まったとか言われていますが、人間や社会はもちろん進歩はしているのでしょうけれども、一方で言い伝えみたいなものは、迷信だと軽視すると痛い目に遭うってことなのかもしれません。

2011年5月4日

牛乳瓶の芳香剤

箱根の宿で、面白いものが置かれてたんです。牛乳瓶に入った芳香剤。明らかに瓶の口よりも芳香剤の大きさのほうが大きかったので、もともとこういう形で売られてるんだろうと、宿の売店を見たのですが無く。こういうときはGoogle様に聞けばいいんだと思って、「牛乳瓶 芳香剤」で検索したら出てきましたよ。中川正七商店のものみたい。ネットでも買えそうでしたが、ショップリストを見たら都内にもいくつかあるようだったので、まずはミッドタウンの遊・中川へ。店内に見当たらないので店員さんに聞いてみたら、ここでは扱ってないとのこと。カタログを出してくれて、「これのことですよね?」って言われたものが、ちょっと違う形のもので(そっちも可愛かった)、「違うような・・・」と言うと、今度は別のカタログも探してくれて、表参道ヒルズの中のお店ならあると教えてくれました。表参道ヒルズに自転車で移動。遊・中川ではなく、粋更という別のお店のものだったようです。店員さん、一応系列とはいえ、他店の情報までちゃんと調べてくれてありがとう。しっかり芳香剤もあって買えました。天竺葵とさくらの二種類あるのですが、思わずどっちも買ってしまいましたよ。違う種類の牛乳瓶の芳香剤は、エキュート東京の中のお店にはあるようです。今度はそっちも買ってみよう。乗り過ごしたときとかに。

2011年5月2日

[自転車(散歩)]箱根の山は天下の険

100Km走れるようになったら、一度は行ってみたいと思っていた自転車旅行。自分の足だけでどこまで行けるのか試してみたいと、自転車乗りなら誰しも思うのではないでしょうか。

私が選択したのは、箱根往復でした。箱根までは約100キロ。1泊して、翌日再び100キロ自転車に乗って帰って来られたら、かなり選択肢が広がります。しかも、東京ー箱根間と言えば、箱根駅伝。駅伝ルートを実走して、選手たちがどこで辛いとか、どの区間が面白いとかつまらないとか、実感してみたいというのもありました。

午後から雨予報(というか、春の嵐予報)もあったので、早めの出発。朝5時過ぎに家を出て、15号をひたすら南下しました。鶴見中継所は順調に通過。

鶴見中継所の銅像

花の2区は山あり谷ありの面白い区間。権太坂を登っているときは、「これが権太坂じゃなかったらどうしよう」と思いました。かなりのだらだら坂で、なんとか登り切りました。戸塚中継所も通過。

1号と別れて、県道30号を南下。ここは海に向かう道なので、ほぼ下りです。2区は「ここで前をごぼう抜きする人すごいなー」って思いましたが、3区は下った後は平坦な海岸沿いの道なので、走りやすいです。有名な遊行寺の坂は、逆方向だけ。ここまでの強い南風=向かい風も、海沿いの134号に出てしまえば防風林が遮ってくれるので、快適なサイクリング。

相模川を渡り、花水川橋を渡ると平塚中継所。昔はレストハウスだったと思われる建物は、現在ファミリーマートになっています。水分とお菓子を補給。

花水レストハウス。きっと名前が悪かったんだな。

ここから4区です。大磯駅前から再び一号線に戻ります。

酒匂川手前で雨が突然強くなったので、マックでいったん休憩。直ぐに雨があがったので、再び走り出しました。小田原中継所を過ぎて、いよいよ山登りです。

大平台くらいまで頑張れればいいかなーと思ってたのですが、天下の険をなめてました。塔ノ沢の時点でもう限界。私の自転車のフロントギアには、コンパクトクランクではなく、念のため50-39-30Tのトリプルを載せてるんですが、フロントを30にして、リアも最も軽くしても登れない。とっくに90キロを超える距離を来た上で、荷物を背負って登るという問題もありましたが、それ以上に下りがない!全然ない!あ、バスが消えた、下りかもと思ったら、そこからヘアピンカーブが続いて、さらに斜度のある坂が続いているときの絶望感。

無理。

そう思いました。7割くらい歩いてたかも。みちみち渋滞する下り車線から「がんばれー」って半分呆れ気味に言われましたが、私にとってはとても励みになりましたよ。そして国道一号最高地点の看板がみえたときの感動というか、安堵感というか。

この写真は帰りに撮ったもの。行きは看板が直前まで見えないほどの暴風雨

ああ、ここからは下りだ〜。

しかしちょうどその頃、車でさえ徐行するほどの暴風雨になっていました。ここからは自分の足で走らなくても、自転車が勝手に転がってくれます。ただ、そこからの下りはかなりの角度。しかも滝のような暴風雨。ブレーキ効かない、前は見えないで、今思うとよく降りれたなーって思います。

宿に到着したら、先に着いていた相方が、宿の人にタオル一式を出してもらっていました。当然大雨の中自転車で来る物好きなんて初めてだったようで、顔も名前も瞬間従業員全員に覚えられるようなそんな感じ。「とりあえず、温泉入ってください」て言われました。そもそも小田原はほぼ海抜ゼロなんですよね。そして最高地点は約870m。それを全長15キロくらいで登るわけで、下りなんて作ってる余裕なんて無いわけです。山の神、半端ないです。たとえ下りでノーブレーキで走ったとしても私の自転車では絶対追いつけません。

お風呂に入ってほっと一息。宿は芦ノ湖を見下ろす位置にあったんですが、霧と大雨で全く見えない。。。

宿から芦ノ湖?の眺め

翌日は打って変わっての快晴。黄砂の影響でものすごく黄色い景色でしたが、今回は「もう無理」なんていう登りはありません。「自転車で東京まで?」と他のお客さんにまで呆れられつつ、再び一号線を戻ります。国道一号最高地点まで全身筋肉痛の身にはちょっと堪える登りでしたが、「あれ、こんな距離だったか」と思う程度。そしてそこからちょっとした下りがあって、再び登りがあるのですが、下りのスピードで登りきれるレベルです。

そこから始まる下りは、ずーっと下まで。昨日「下りがない」と思ったということは、つまり湯本まで登りがないということ。途中、登りつつあるローディーと挨拶しつつ(たまに歩いてる人がいて一安心?)、下るというより「落ちる」感覚で降りていきました。行きに2時間かかった行程は、ものの20〜30分程度。何しろ車列のあいだに入っても、一漕ぎもせずに自動車と同じ速度で走れます。箱根に入ってからの国道は、路肩なし、歩道なしで、登るときは後ろの車列を気にしなければならなかったのですが、下りの場合はカーブ前に強いブレーキをかける車に追突しそうになることのほうが怖い。自分もヘアピンカーブで曲がりきれないことが無いようにするのにも精一杯で、逆に疲れました。10時すぎに宿を出て、小田原のパン屋に到着したのが10:50。あっという間でした。

柳屋ベーカリー。こしあんぱんが美味しかったです。

そこからの100キロは、前日の100キロとは全然違いました。もちろん疲れてるし、あちこち筋肉痛なんですが、追い風だったのもあって、思った以上のペースで走れました。134号から1号線には戻らず、江ノ島から稲村ヶ崎を超えて鎌倉へ。鎌倉に13時半到着。鎌倉でランチを食べて、県道21号で横浜に出て、15号でもどってきました。走行距離2日間で約230キロ。全身筋肉痛のおまけ付き。センチュリーライドは1日で160キロですから(箱根の山がついてなければ、走れるなとは思いましたが)、まだまだですね。もっと頑張ろう。

次はちゃんと登りたいなあ。いきなり箱根にチャレンジして、その高い壁に跳ね返されたから、目標ができたかも。まずは荷物はお守りがわりの輪行袋や財布などを除き送る、持っていく荷物は自分で背負うのではなくて自転車に括りつける、特に鍵は軽さ重視で小さいので十分。あとは肺活量と持久力を付けることと、上り方の研究ですかね。宿の人に、「たまに旧街道をママチャリで登る人がいるそうですよ」って言われましたが、あの数々の猛者を跳ね返したという旧街道をママチャリで?ただ距離的には旧街道のほうが短いですから、脚力がある人ならいけるのかも。

箱根の山はともかくとして、2日間かけて1日100キロなら自転車で行けるなと思いました。今度はどこへ行こうかな。